【座談会】ヤマハ株式会社・何木明男氏を囲んで

「ヤマハ・クラシックギターGC82C(2014)モニター懇談会”設計者に聞く”
日時:2016年4月3日
会場:東京音楽院Konservatorium Tokyo

参加者:何木明男(ヤマハ クラシックギター設計担当)、
熊谷俊之(ギタリスト、東京音楽院ギター科講師)
Florian Palier(ギタリスト)
飯田敏史(ギタリスト)
稲田俊介(ピアニスト、東京音楽院ディレクター)

熊谷:モニターとしてお借りしたギターを本日のコンサートで使用しました。感想はいかがでしたか。

何木: まずはギターデュオとして非常に貴重なものを見れました。日本人と海外の方のデュオでの演奏を聴く機会は大変少ないです。もちろん、演奏も素晴らしかった。
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熊谷:ありがとうございます。ギターについてですが、何か感じることはありましたか?

何木:今日の時点ではまだ「生の音」だと感じます。しばらく弾き込まれていないからでしょう。1年くらい誰かの手で弾かれる機会があれば、かなり変わってくるものです。このギターは、直近だとヤマハホールで演奏したGFA優勝者のエカチャイ(タイ)に使用されました。それ以来しばらく眠っていた状態です。

飯田:ヤマハの最上位モデルは東京国際ギターコンクールの優勝者の演奏で使用されてきましたね。エカチャイ以前も同様のギターを使用されてきたのでしょうか。

何木:サネル・レドジッチ(ボスニア)までは杉のギターを使用することが多かったと思います。それ以前だとマルコ・デル・グレコ(イタリア)が松の楽器を使用していましたね。

熊谷:楽器製作に関して、ヤマハが求めているのはどのような楽器なのでしょうか。

何木:基本としているのはサントス・エルナンデス、ハウザーを中心としたトーレスを軸にしたモデル、また杉のモデルはマヌエル・ラミレスの音を軸にして製作しています。

飯田:一つのモデル、ではなく、杉と松で2つのモデルを作り分けてきたのですね。

何木:そうですね。しかし時代の変遷か初期の時代を支えた職人がすでに五十代に差し掛かっています。世代交代の時期ではありますが、技能伝承はYAMAHAでも重要な課題になっています。

飯田:何木さんは設計者として長年関わってこられたとのことですが、設計の視点からしても製作現場の変化は影響が感じられるのでしょうか。

何木:ヤマハにはクラシックギターを作る前から木工、塗装の熟練した経験を持っている職人達がいます。設計した者が高品質の製品として出来上がるまでには熟練した職人の技術は不可欠です。作業の音への影響をみつけるのは主に設計者の仕事になります。それを熟練した職人の作業に反映させて音を改善していきます。

熊谷:それが今後は若い世代に切り替わるということですね。

何木:そうです。経験があるとないとでは製品の質が変わってしまいます。経験による誤差の修正、とでも言うのでしょうか。大学や専門学校を出て就職する人たちには、「職人」としての経験を引き継ぐ必要があります。しかし同じ設計でも、作る人によって大きく変わってしまうのですから、 それは簡単な事ではないのです。

熊谷:伝統を伝える難しさ、とも言えるでしょうか。会社として製品を作るという性質もあって、重要な課題ですね。

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熊谷:設計の観点から、今までにヤマハ独自のクラシックギターのアイデアといえば何がありますか。

何木:それはもう、サイレントギターです。

熊谷:あれは世界的なヒット作ですよね。

何木:もともと社内公募で作られたものでした。アイデアを出した当初は絶対売れないと思っていました(笑)。基本的にはクラシックギターの製作技術の応用ですから、製作技術の賜物だったかもしれません。

熊谷:ギタリストの間でも重宝されているものだと思います。確か、Florianも持っているよね?

Florian:ああ、1台持っていて、家で使っているよ、あれのおかげでうちの隣に住んでる人が喜んでる(笑)

熊谷:ギタリストの隣に住んでいる人皆が喜ぶ発明だったと言えますね(笑)

何木:サイレントギターは「1億ギタリスト計画」とも呼ばれるアイデアの一つでね、各家庭で皆がギターを弾けるようになる事を意識して、作られたんですよ。

熊谷:それは凄いですね。裾の尾を広げる活動として、かなり重要な役割を担っていると思います。

飯田:ギタリストの間でも著名な演奏家がステージの上で、アンプに繋いで使用している例もありますね。

何木:アンプにつなぐという点では、生音では広げられない部分があるとも言えます。

飯田:しかし、生音の情報量はアンプに通す事で当然減少してしまいますよね。

何木:そうですね、ギタリストの意見を聞くと、やはり生音主義の方が多いようです。

熊谷:生音に近いアンプができれば世界的なヒットになると思います。ギタリストは皆熱望しています。

稲田:ギターに限らず、アコースティックな楽器を弾く人たちは皆熱望しているでしょうね。

何木:しかし人は皆それぞれでしてね、アンプの音でも演奏が良くて感動する人もいるんですよ。生音じゃないと感動しない人もいます。人の違いなんです。一つの視野を絶対的なものと考えずに、どちらの分野にもアプローチする価値はあると思います。

熊谷:そういえばギタリストは音源を聞く時、ほとんど良いオーディオ機器を持っていないですね。私はまだ日本に帰ってきたばかりなので、音源をパソコンや携帯のスピーカーで聴いています(笑)

ウィーン時代にすこしだけ良いのがありましたが、知り合いに売ってきた。(笑)

稲田:音楽家自身は生音が絶対的に良い事が分かっているので、オーディオに投資していないのでしょうね。

熊谷:しかし、Youtubeで演奏を聴いても個性のある演奏って、すぐ分かりますよね。あ、誰の演奏だなって。そしてYoutubeでもいいなと思える演奏はある。

何木:確かにそうですね。それはアンプに通した音の世界と同じ事が言えますね。

熊谷:つまるところ、音楽の感動は必ずしも音量ではないと思うのです。例えばリュートのコンサートは音量は小さいのですが、それはそういうものだから気にならない。

飯田:しかし、ギターには音量が必要に感じる人がいる。

熊谷:ギタリスト自身も感じる事がある。でもこれは不思議な事です。車で言えば軽自動車がトラックの馬力に勝とうとしているようなもので、そもそも素材も目的も違うのです。しかし、大きな音が出る楽器が、大きな音を出す演奏が良いという意見が、なぜかチラホラと見受けられるわけです。

何木:ギターの良さって、「聞こうとする」事なのではないかと思います。会場にいる人全員で作り出す音楽、とも言えるかもしれません。「聞こうとする」音楽は「聞こえてくる」音楽とは別の捉え方をした方が、豊かに味わえるでしょうね。
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世界的ヒット商品”サイレント楽器の産みの父”としても有名な何木氏(ヤマハ株式会社)を囲んで、3名のギタリストが積極的に意見交換をしました。
演奏者と製作者、それぞれ立場は違えど目指すものは一緒であることが
再確認できる座談会となりました。