【コンサートレポート】ピアニスト梯剛之さん 東京文化会館

2016年6月4日(土)東京文化会館小ホールにて梯剛之ピアノリサイタルが
行われました。昨年はショパンを中心としたプログラムが多かったのですが
今回はモーツァルトやベートーヴェンなど、梯さんが長年暮らし
愛着のあるウィーンの作曲家の作品を揃えてきました。

天気にも恵まれ、500名を超えるお客様にお越しいただきました。

【演奏プログラム】

モーツァルト:サルティの主題による変奏曲 イ長調 K460
ピアノソナタ第5番 ト長調 K283
ピアノソナタ第11番 イ長調 K331〈トルコ行進曲付き〉

休憩

ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番 ハ短調「悲愴」op.13
ピアノソナタ第31番 変イ長調 op.110

前述したようにウィーンに縁のある作曲家で構成されたプログラムから
ピアノは、ベーゼンドルファー”インペリアル”を使用。

特に印象的だったのは、モーツァルト、ピアノソナタ第5番、第11番と
ベートーヴェン、ピアノソナタOp.110

前者のモーツァルト、ピアノソナタは、その一音目から
夢心地の世界に誘われる。温かく、柔らかく、
煌びやかで、形容する言葉が足りないほど。
16分音符のパッセージは
きれいなレースが風になびく様にしなやかでありながら、
その中でも一音一音の粒が立ち、ウィーン奏法の神髄を感じました。

梯さんの手元を見ていると、
ベーゼンドルファーというピアノは、打鍵ではなく
「触鍵」する楽器だと思います。
もちろん、スタンウェイやヤマハなども同じだとは思いますが
ベーゼンドルファーはその点がより顕著だと思います。
「触鍵」によって鳴り響くベーゼンドルファーの音色は
本当に素晴らしく、まるで魔法の様です。
これこそがベーゼンドルファーの特長なのだと思います。

しかしながら、梯さんも初めから触鍵が出来たわけでは
ないと思います。ウィーン国立音楽大学時代に師事していたヴァイスハール教授
の打鍵奏法をしっかりと習得してきたその裏付けがあったからこそだと思います。

そこに彼の感性が交わり、あの様に美しい「触鍵」が作り出されたのでしょう。

今こうやってブログを書きながらもまだ余韻が残っている素晴らしい演奏でした。

そして、後半のベートーヴェン・ピアノソナタ第31番
通称「110」。
ベートーヴェンの32のソナタのうち、最後から2番目の作品。
古典派から抜け出し、ロマン派の色がかなり
色濃く現れています。これまでのソナタ形式に留まることなく
より自由で、ワーグナーの様な
ドラマ性が感じられる作品です。

前半のモーツァルトとは一変して、
梯さんはスぺクタルな視点で音楽を捉えている。
ベートーヴェンの追い求めていた真理(神、自然、人類、調和)を
演奏者自身が理解し、表現しているように感じました。
第3楽章のフーガは、まるで教会の中でオルガンを聴いているかのような
錯覚を覚えました。

今回のモーツァルト、ベートーヴェンプログラムは
昨年のショパンプログラムとはまたひとつ違う新しい「梯剛之の世界」を
確認できた素晴らしいコンサートでした。

余談ですが、途中ズボンが下がってきたのか、
ピアノの前でズボンを上げる仕草に、会場から笑いが漏れ
梯さんのお茶目な一面も垣間見れました。